革命

 

ビロード革命(チェコスロバキア)

 

 

1989年11月17日、ベルリン壁崩壊から8日後のこの日、
プラハの学生でもへの警官の暴力がきっかけで起こった革命。

それから連日、5万から10万単位の市民が広場に集まり、
ヴァーツラフ・ハヴェル筆頭の「市民フォーラム」活動に発展し、
そのあまりの圧力に軍隊や警察はお手上げ状態となった。

その後もしばらく、国全体の空気はくすぶったままで、
1992年の総選挙後、国名をめぐる対立が起こった。
それは、チェコのヴァーツラフ・クラウスの市民民主党と
スロバキアのヴィラジミール・メチアルの民主運動第一党による
両者の会談によって、決着がつくことになる。

1993年1月1日、ついにチェコスロバキア連邦制が解体する。

ちなみに、ビロードとは、やわらかいビロード生地のことを指し、
その革命の滑らかの穏便に無血平和で
終焉を迎えたことが、その由来である。